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2009年11月29日

9-11(再び)

9-11(再び)/9-11(again)


昨日、(訳注:11月11日掲載文章)ベルリンの壁が崩壊してから
20年が過ぎたというニュースを見ました。日付が、1989年11月9日だったことに驚きました。
英語で、日付を書くと9.11.89 となります。
9.11という同じ数字を持った日付という重要なシンボルに資本主義と共産主義の両方が
攻撃に苦しんだというのは、なんて不思議な事でしょう。

我々は皆に壁はある

壁について語るのは、スイス行われていた、レインボーエボリューションのコースで
『壁が崩壊する瞬間』のようなものがあったからです。

コース最終日の午後でした。
証書に書く生徒の名前を確認していて、自分にも修了証書をあげたいと思ったのです。
もしかしたら、このコースが楽しく、たくさんの学びがあったからかもしれません。
もしかしたら、集合的な、親密的な雰囲気がグループにあったからかもしれません。
もしかしたら、コーラルのエネルギーをコースで探求していた所だったからかもしれませんーそして、
コーラルは何かの一部であるという色・・・。

葛藤

何はともあれ、どんな理由が私の心を動かしたのであれ、
私はグループに自分にも修了証書を書くと言いました。
しかし、生徒達がペアになってやっている間に、修了証書の記入をしていたのですが、
私は何か居心地の悪さを感じました。

自分にサインするなんてできるのだろうか?

思い上がっているのではないか。もっというのなら傲慢なのではないかと。

コーラルのマスターはサナトクマラです。
そして、これが最後のコズミックマスター。
サナトクマラの後には、マハコハンが来て、そしてそれは偉大なる教師です。
コーラレイのサナトクマラによって、我々は
人生そのものが自分の教師であるということに準備ができた地点にやってくるのです。
私は本当にそれにサインができるのだろうか?

解決策

ティーブレイクの後、セッションのフィードバック、コーラルのエクササイズのフィードバックを生徒達がしました。私も修了証書についての自分のプロセスをシェアしました。彼らは、自分達全員がサインすると熱意を持って言ってくれました。そしてそうなりました。私はみんなに紙を回し、皆がサインしてくれました。

生徒がサインした修了証書。

壁の崩壊?

これは、我々は、お互いを助ける、相互依存というコーラルの重要な要素です。もし私が自分自信にサインなんてできるのだろうかという、自分のイエロー-考える-牢屋でじっとしていたら、突破口はやって来ませんでした。自分のエゴという壁を開けて、グループに自分の状況をシエアしたことによって、パーフェクトな結果がやってきました。この経験のギフトは、私は単に人でしかなく、我々は人類という輪の一部いという事を思い出させたという事でした。

訳:R.T.
原文

2009年11月20日

名前、気づき、そしてジュワルクール

名前、気づき、そしてジュワルクール
Names, Consciousness and Djwal Khul

牛にも感情がある。


日本の地方紙の一面に最近載っていたのですが、名前をつけられ、そして名前で呼ばれる牛というのはもっとミルクを出すそうです。これはピンクのケアされているという事を感じているという事でしょうか?イエローの自分自身という注目されることへの反応をしているのでしょうか?モウ~っと関係していく話題に進みましょう・・・。



ライラの冒険


ライラの冒険(原題:His Dark Materials)は、フィリップ・プルマン作の賞を受賞した三部作で、たくさんの宇宙理論的な問題が子供の冒険を通して描かれています。



冒険の中で、重要なのが、作者が “ダスト”と名づけた、意識あるものなら何にでもその周りにはある金色のエネルギーのようなものです。

例えば、人間の周りにはたくさんのダストがあるけれど、意識的な注目を受ける事によって、人間が作り出した物の周りにも集まっています。





黒い鳥(ブラックバード)



これら二つの情報の破片がある晴れた東京での朝、クラスの前に散歩しながら洞察し、考えている時に一つになりました。ホテルに戻ってみると、鳥が道路わきの茂みでパタパタと飛んでいるのに気がつきました。

自分が心の中で名前を付けているのに気がつき―“ブラックバード”と。そして実際、私は自分の意識をそれに向けていました。

その瞬間、私は、我々が見た物に気づくから、世界を気づきをもって見るのだという事を理解したのです。

これはプルマンのダストの存在が彼の本の中の世界でとても重要だというアイディアととても一致します。



ジュワルクール



私は、この理解をジュワルクールと関連づけました。ジュワルクールについて、私達は“客観的に見る”というからだと思います―物事を客観的に見る。ありのままに。必要性や期待や、解説は何もいらないのです。

これは、すべてのものが望むようにあるという事に、最大のサポートをするという見方です。


オーラソーマの初期の頃、ジュワルクールがエメラルドグリーンと同様にゴールドと関連付けられていた事をこの文脈で記すのは、興味深いものがあります。もしかしたら、こういう理由からかもしれません・・・。

そこで


名前、気づきのギフト、自由に真実の姿を現す重要性・・・

私の最近のコースのイクイリブリウムジャーニーは、イクイリブイウムの並びを通して明かされる大きな物語の理解しようと探求するので、たくさんの見方で迫ります。

色と数と一緒に、名前は重要な役割を示します。

ボトルの名前について考えるという事を私自身にもたらしました。

すべてが完璧だという事は疑う余地も無いのですが、しかし、私はそれらが外側の名前で、もしかすると、明かされようとしている、内側の名前もそれらにはあるのではないかと思うのです・・・。

訳:R.T
 
原文
 
Names, Consciousness and Djwal Khul

Cows have feelings too.
It was front page news recently in a local Japanese newspaper that cows who receive and are called by, a name produce more milk. Is it pink that they feel cared for? Do they have a (yellow) sense of self that responds to attention? Mooooving on to a related theme …

His Dark Materials
This is a prize-winning trilogy of three books by Phillip Pullman that addresses a host of cosmological questions in the form a children’s adventure. A vital subject in the adventure is what the author calls “Dust” A kind of golden energy, invisible to the naked eye, which surround anything that has consciousness invested in it. There is a lot of Dust around people for example, but it also clusters around human-made objects, since they have received conscious attention.
A blackbird
These two pieces of information come together when I consider an insight I had during a pre-class walk one sunny Tokyo morning. As I returned to the hotel, I noticed a bird fluttering in a bush beside the road. I also noticed my mentally naming it – “Blackbird” and the fact that I was turning my consciousness towards it. In that moment I understood that our seeing the world with consciousness bestows consciousness upon the world. This fits Pullman’s idea of the presence of Dust that is so vital to all the worlds in his books.

Djwal Khul
I remember that I associated this realisation with Djwal Khul. I think because with DK we talk about “Objective seeing” - seeing things objectively, just as they are

without bringing any need, expectation or interpretation to them. It is a way of seeing which will give maximum support for all things to unfold just as they wish.
In this context it is interesting to note that since the early days of Aura-Soma DK has been connected to the gold as well as the Emerald Green. Perhaps it is for this reason …
And so
The importance of names, the gift of consciousness, the freedom to unfold truly …

My latest course, Equilibrium Journey, draws on many ways of looking as it seeks to understand the bigger story revealed through the Equilibrium sequence. Along with colour and number, names play an important role. It has caused me to wonder about the names of the bottles. No doubt they are all perfect, but I wonder if they are an outer name, and that perhaps there may also be inner names for each bottle which have yet to be revealed …

2009年11月18日

時間

時間 Time


物理についての大きな謎。
『なぜ時間というのは前にしか流れないのだろう』

数学から考えると、等しく未来から過去へも流れるべきです。

これについては、簡単な説明が出来るように思います。

時間が前に流れるのは、宇宙はアインシュタインが示したように空間と時間という
二つのものが完全に一つになることによって拡大していく。
故に、もし宇宙がビッグバンより外へのみ拡大していうのであれば、
時間も同じ流れによって拡大していきます。

この秋の間、この疑問について考えていると時折、
私は時間の波に乗っているような気がすることがありました。
まるで瞬間という波が私を連れて行くような。
ただじっとしていても、やはり私は流れ、時の流れに乗っていました。


私は空間が気をそらしてくれている事に気がつきました。
私は3次元で動く事ができます。
前、後ろ、ここ、そこ、上、下。じっとしているというのは、動いていないように思えます。
しかし、時間は空間の一部で、じっとしていても、時間は私を運びます。
時間というのは魚にとっての水のようなもの。
その中にいると私たちには見えません。
しかし、この動きは私たちが生きている間変わりません。

もっとあるのですが・・・はそれはまた別のときにといたします。

訳 R.T

原文

Time
There is a big question in physics. “Why does time seem to flow only forwards?”
From the maths it should equally be able to flow from future to past.

There seems such a simple explanation for this. Time flows forward because the universe is expanding. Einstein showed that space and time are two parts of entirely one whole. Thus if the universe expands only outwards from the Big Bang, then time too must flow in the direction of expansion.


In considering this question though this autumn I have had several moments where I felt as if I were riding a wave of time, as if the wave of the present moment were carrying me along. Even if I stood still, still I was in a flow, a flow of time.

Realised the distraction is space. Since I am able to move in three dimensions, forwards, back, here, there, up, down. It seems then that when I do not move I am still. But time is part of space and even when I do not move still time carries me. Time is like water to the fish. Being in it we do not see it. But it is the movement we never leave our whole life long.

There is much more … but that is for a later NOW.

2009年11月2日

B106大天使 ラツィエル

大天使ラツィエル/B106 Archangel Ratziel



「ペールミスティオリーブ/ペールミスティヴァイオレット」


◆その色
 私の目にはこれはとても柔らかいコンビネーションで、上下二層のミスティの質が、
闇ではなく光に秘められた深さの感じを与えます。
オリーブは、成長に向かう色、自分の道を見つけ、生きるための色です。
ヴァイオレットはヒーリング、変成であり、このボトルの場合はさらに
錬金術的変はじめて下層を見たとき、私はこのヴァイオレットの深みから
何かが生まれてくる可能性を、ちょうどディープマジェンタから潜在可能性が生まれるように、
この霧のなかから何かが浮上してくるような感じを受けました。



このボトルには、隠れた補色、イエローとヴァイオレットが含まれています。

しかし、通常ならこの二色は互いに対立するところですが、このオリーブは成長と
和解を許容します。ブルーに向かって成長しています。
内面からの目的意識の感覚です。


◆シンクロニシティ


「別離、そして我が道をゆく」

B105は、協力し一緒に仕事をすることととても関係があります。
このボトルが誕生する直前の数日間、私の人生で特に職業的なある関係で
別れがあったようなのですが、しかし、わたしにとって驚きでありまた新鮮だったのは、
それがポジティヴにまた解放的に感じられたことです。



私は他の人びとが自ら望む道をまっしぐらに突き進んで前進することを理解しました。
私には許可とコンセンサス(合意)を待つ傾向がありました。
このボトルの誕生に至る最後の数日間は、私はもうただ自分が望むままに
前進すべきときなのだと考えていました。
このなかにあった私にとって非常に役立つ思考とは次のものです。


「それは私が他の人や他の状況に反対だということではなく、ただこれ(自分
自身のいちばんの関心)に賛成だというにすぎない」



この思考は、B102の誕生とツインタワーへの攻撃のあと広く行き渡った思考、
つまり「あなたは我々の味方であるか、彼ら(テロリスト)の味方である
かのどちらかだ」とは非常に違っています。

ここでは、個々人の視点を許さない選択をしなければなりませんでした。
階層的忠誠心に基づく二極化した世界を生んだ思考です。
この新しいボトルの色が、B102(ディープオリーブ/ディープマジェンタ)のなかに
隠れていることに注意してください。


この新たな思考は非常に人を力づけ、人生に踏み出すオリーブの質のエッセンスにまで進みます。
他人の許可(ブルー)やグループの合意(オレンジ/コール)を超えて行くには、
勇気と意欲が必要です。カラーローズでは、ブルーとオレンジが一番上と一番下に
補色として現れることは印象的です。
しかし、オリーブは、カラーローズではブルー/オレンジ軸と90度の位置に現れます。


占星術ならこれはグランドクロスと呼ばれるでしょうし、それは基本構造です。

偶然私は今朝オーストラリアのディストリビューターであるマーグ・サイモンと話していたのですが、
彼女にとってオリーブは(垂直的というよりむしろ)
水平的リーダーシップだと言っていました。



私にとっても、カラーローズにおけるこのグランドクロスのオリーブは、
それを追認する形です。私たちはみな自分の人生を生きる自由をもっており、
自分の上には誰もいないという考えです。
これらすべてから、この大天使が個人的な力づけに関わるというマイクの言葉が、
私自身の体験と強く共鳴することに気づきます。


国際的には現在クルド人が再び独立国の権利を求めているというニュースが
ります。またヨーロッパでは、大ヨーロッパ圏を創出しようという
再度の試みがあり、人びとにこの投票権を与えるべきではという疑問が起こっています。
これらの問題はともに共同性と個人主権との緊張関係の例です。



ところでわが家の息子の現在三歳のダニエルですが、
ついに自分の寝室を持つことになりました。
彼は今や私たち(両親)の部屋で寝ることから、
自分の寝室をもちそこで寝ることに向かっています。
ある晩はこちらで、ある晩は向こうで寝ています。
一緒にいることと独立との新しいバランスを探しているところです。



◆生きた手本



最後にひとつ。イギリスに新しいヒーローが生まれました。
レーシングドライバーのルイス・ハミルトンです。昨夜彼についてのテレビ番組があって、
そのなかで私の記憶に残ったとがあります。
「彼は自分の高速運転能力を神からの贈り物と感じており、それを使おうとしている」。


メルセデス・マクラーレン・チームには彼の先輩のフェルナンド・アロンソがいます。
アロンソはこれまで二回ワールドチャンピョンになっています。
ハミルトンは、今年このトップレベルスポーツに初参加です。
今年は自分の後輩が脅威となったことに、アロンソはプロとして非常なショックを受けた
と言われています。しかしハミルトンは遠慮しませんでした。
彼は二着になるためではなく、優勝するためにレースをしたのです。


彼の行動はチーム内のヒエラルキーの不文律を破壊するものです。
アロンソが過小評価していたのは、特にルイス・ハミルトンの
目的意識だったと言われています。
他の誰かに勝つためではなく、自分自身のために最善を尽くすという彼の目的意識です。
自分はこの天分を贈られており、その成就のためにできる
限りのことをするのが自分の仕事だと、ハミルトンは感じているのです。



私には、これがこの新しいエネルギーの鍵だと思われます。
私たちは全員が天分を持っており、生きるべき人生を持っています。
それを敬い、それを成就するのは私たち次第です。
そうすることが解放なのです。それは他の誰かに敵対することではなく、
自分の可能性に味方することです。

訳 和尚アートユニティー「オーラソーマ通信」掲載
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